コンサルティング
2022年以降、大企業の人事関係者の間では「人的資本経営」、そして「人的資本開示」がバズワードとなっています。
その発端は、国が企業に対して、企業価値を測る重要指標として人的資本(企業が持つ人材という資産)の開示を求めていることにあります。
たとえば経済産業省は人的資本経営に向けたメッセージとして
“デジタル化や脱炭素化、コロナ禍における人々の意識の変化など、経営戦略と人材戦略の連動を難しくする経営環境の変化が顕在化するにつれ、非財務情報の中核に位置する「人的資本」が、実際の経営でも課題としての重みを増してきている”
と指摘しています。
2021年6月に改訂されたコーポレート・ガバナンスコードにおいても、人的資本に関する記載が盛り込まれました。
また金融庁は2023年度にも、人的資本に関連する情報を有価証券報告書に記載することを義務づける方針を示しています。
こうした情報開示は、現段階では大企業を対象としたもの。しかし「人材こそが企業の資産である」という人的資本の考え方は、中小企業こそ大切にすべきではないでしょうか。
今回のブログでは、人的資本とは何なのか、中小企業はどう向きあうべきなのかを考えたいと思います。
まずは参考までに、人的資本開示の対象とされている項目例を挙げてみましょう。以下はいずれも、大企業が開示すべきとされている情報です。
・人材育成、リーダーシップ分野(後継者育成のプロセスなど)
・労働慣行分野(給与・報酬の男女比など)
※男女賃金差の開示は従業員301人以上の企業ですでに義務づけ
・健康安全分野(従業員の欠勤率など)
・多様性分野(産休・育休の取得率など)
こうして見てみると、近年の働き方改革の成果が問われるような項目が並んでいます。
大企業にとっては今後、人的資本経営の進み具合が株式市場や労働市場から注視されるようになるというプレッシャーを背負うことになります。人的資本が整っていない企業は、投資家からも求職者からも選ばれなくなるでしょう。
しかしその本質は、開示のための取り組みではないことは言うまでもありません。
冒頭でも述べたように、私は大企業よりも中小企業のほうが、より真剣に人的資本と向きあうべきだと考えます。
理由はシンプルで、中小企業は大企業と比べて、一人ひとりの人材の持つ意味がはるかに大きいから。
ネームバリューやブランド、信頼、資本力がある大企業は、それほど人材を教育しなくても一定の成果が素早く出る仕組みがあります。それこそが大企業の強さです。
対して一般的な中小企業にはネームバリューもブランドも信頼も資本力もありません。そして、成果が早く出る仕組みもないことがほとんど。一人ひとりの従業員に求められるスキルや業務範囲は、大企業と比べて格段に広いのです。
だからこそ、中小企業は人材を育て、どのように自社の強みに変えていくかに正面から向きあわなければいけません。
多くの中小企業経営者は、売上を上げることには必死でしょう。しかし人的資本と真剣に向き合っている経営者は、驚くほど少ないのが現実です。
(安東邦彦/第2回に続きます)