コンサルティング
今回は、「思いやり」をキーワードに企業経営を考えます。
一見すると、企業経営と思いやりは、似つかわしくないように映るかもしれません。
し烈な競争を勝ち抜かなければならない世界で、思いやりとはいかにも生ぬるいと思えるかもしれません。
しかし、競争がますます厳しくなった今だからこそ、将来に向けて、企業経営における思いやりが重要性を増していくと考えられます。
良いことも悪いことも、瞬く間に世界中に拡散されるリスクはどの企業にもあります。特に悪評は……。
思いやりはリスク管理からだけのものではありません。会社の基盤強化にも役立つはずです。
「神対応」という言葉がネットを中心に使われています。
神対応とは、「主に企業のクレーム対応などについて、驚き感心するほど行き届いた対応に対して用いられる表現」です。
配慮に満ちたサービスなどについて、最大級の高評価を表す言葉だとも言えるでしょう。
その用途は著名人のファンへの接し方にも広がっているようです。
ファンへの対応で思い出されるのが、元サッカー女子日本代表の澤穂希さんです。
私は以前にたまたまテレビで見かけたので、番組名も放送日も定かではなく恐縮ですが、その映像はまさに澤さんの「神対応」を映し出していました。
それは次のような光景です。
試合終了後、競技場の外には選手のサインを求めて出待ちするファンが大勢いました。お目当ての中心が澤選手であったことは言うまでもありません。
彼女は時間の許す限り、ファンの一人ひとりに向き合ってサインをしていました。
それはチームスタッフが「もう本当に移動しなくてはならないから」と、止めに入るまで続きました。正に、許される時間ギリギリまでファンに対応していたのです。
プレーだけでも魅力的なのに、こんな思いやりに触れたら、ファンでなかった人さえファンになってしまうでしょう。
では、どうして澤さんはここまでできたのでしょうか。その答えのヒントは引退試合後のインタビューにあります。
「私は今日で引退しますが、これからも日本女子サッカーが輝かしい場所であるように、一人でも多くの方々に引き続き応援してほしいなと思います。今後とも女子サッカーをよろしくお願いいたします」
澤さんのファンへの神対応の根底には、女子サッカーへの深い愛情と責任感があるのは明らかです。
そして女子サッカーが今後も「輝かしい場所」であるためには、ファンの存在が不可欠であるとの認識が見て取れます。
ここで、法政大学大学院政策創造研究科教授・坂本光司氏の著書『なぜこの会社はモチベーションが高いのか』に掲載されているデータを参照します。
社員のモチベーションレベルと会社の業績との相関関係を調査したものです。下の図では、過去5年間の売上高経常利益率と社員のモチベーションレベルの関係を表しています。
上図からは、売上高経常利益率が高い企業ほど、モチベーションレベルが「かなり高い」社員の割合が高くなっていることが分かります。
「概ね10%程度以上」を達成している企業には、モチベーションレベルの低い社員は皆無です。
社員のモチベーションが高ければ業績も良いという関係は、調査結果によるまでもなく想像がつくと思います。大切なのはそのモチベーションがどこから生まれるかです。
澤さんの場合、女子サッカーへの深い愛情と責任感がファンへの思いやりにつながっていることはすでに書きました。
では、社員が所属する会社に対する愛情と責任感をもつにはどうしたらいいのでしょうか。経営者と違って、それは放っておいても生まれるものではありません。
だからこそ、経営者には社員に対する「思いやり」をしっかりと表現することが求められます。
思いやりとは敬意です。敬意を伝えることで、社員は求められているとの実感を得る
ことができるはずです。
その実感なくして、人は仕事のモチベーションを維持することは困難です。会社で思いやりを示されているからこそ、社員は顧客に対しても思いやりを発揮できるのではないでしょうか。
よく言われるように、社員満足があって初めて顧客満足が達成できるということです。
すべての会社が世の中を一変させるようなイノベーションを成し遂げられるわけではありません。もちろん現実がそうであっても、できることはたくさんあります。
あのマザー・テレサは「私たちは大きなことはできません。ただ、小さなことを大きな愛で行なうだけです」という言葉を残しています。
小さなことを、愛をもって積み重ねたことで、彼女が大きなことを成し遂げたのを我々は知っています。
企業も社員と顧客に対して、「思いやりという愛」を持って経営していくべきなのではないでしょうか。
(安東邦彦)