コンサルティング
今回は、「組織におけるリーダーの言動」について考えたいと思います。
リーダーの立場にある人であれば、影響が大きいのは当たり前なのかもしれません。「影響が大きいからリーダーになった」という言い方もできるかもしれません。
ただし、その影響の大きさは思っているよりもはるかに大きい可能性があります。なぜなら組織のメンバーは、リーダーの言動を「真似る」ことで生き残りを図るからです。
身近な例を挙げれば、夫婦や恋人は長い付き合いのうちに、互いの言動が似てくると言われます(時には顔さえも)。
これは、近しい付き合いのなかで、互いの言動を真似ることが良い関係性を継続させるのに有効であるのを敏感に察知しているからです。
「この場面でこう言えばケンカになる、だから相手に合わせてこう言おう」と判断した経験はありませんか? 心地良い関係性を維持すること、これも生き残りのための方策に違いありません。
日常の小さな判断から企業理念の浸透に至るまで、経営者が社員に対して望む言動を定着させるためには、経営者自らがお手本を示すことが重要なのです。
それと同時に、「真似る」は悪い方向へも働くリスクもあります。
最初に、女子テニス界についてのあるランキングを紹介したいと思います。
下図は『ガーディアン』や『デイリー・テレグラフ』の調査による「ウィンブルドン選手権における女子テニス選手唸り声トップ5」です。
試合中に「唸り声を上げる選手」を、実際に声量を計ってランキングしたものです。
上図によると、トップはミシェル・ラーチャー・デ・ブリトーの109デシベルとなっています。ちなみにこの声量はライオンの咆哮に匹敵するそうです。
ただ彼女以上に注目したいのが、4位にランクされているモニカ・セレシュです。セレシュは史上最年少の17歳3カ月で世界ランキング1位の座につき、4大大会で9勝を挙げている名選手です。
セレシュの絶頂期は90年代初頭。全米オープン連覇の偉業も達成しています。その名声とともに、当時話題になったのが彼女の唸り声だったわけです。
なぜ話題になったかというと、プレー中に唸り声を上げる選手などセレシュ以外にいなかったから。
ここで指摘したいのが、現在ではランキングが作成されるほど、女子プロテニス界で数多くなった「プレー中に唸り声を上げる選手」の最初がモニカ・セレシュであったことです。
上図のランキングに上がっているセレシュ以外の4選手はすべて、彼女の次世代の選手です。セレシュの唸り声も含めたプレースタイルを見て育ったのです。
90年代初頭、間違いなくセレシュは女子テニス界の頂点に君臨していました。下位の選手は、セレシュに勝ってプロの世界で生き残っていくために、彼女のプレースタイルを取り入れた(真似た)のです。
別の観点から考えてみましょう。
社会心理学者ロン・フリードマンは、ロチェスター大学のモチベーション研究の専門家と共同である実験を行なっています。当該実験の概要は次の通りです。
被験者が行なうのは言葉と文字を使ったパズル1セットです。被験者は半分に分けられ、同じ時間内でどれだけパズルが解けたかを比較します。
もちろん、2つのグループには違う条件が与えられています。それは被験者に紛れ込んだ役者の存在です。
一方の被験者グループに紛れ込んだ役者は、自分が体験した別の実験がいかに楽しかったかを待合室で面白おかしく話すよう指示されています。
もう一方の被験者グループに紛れ込んだ役者がすることは、まったく逆のことです。彼は自分が実験に参加するのは良い成績を取るだけのためであり、実験自体にはまったく意欲的でないことを言葉と態度で周囲にアピールします。
実験結果はおおよそ予想がつくのではないでしょうか。意欲のない参加者の話を聞いたグループが解いたパズルの数は平均で12.8個でした。
一方、意欲的な参加者の話を聞いたグループが解いたパズルの数は平均で17.6個と前者よりも37.5%も解答率が高まるという結果でした。
グループに一人、消極的な意見ばかり言う人がいると、全体の雰囲気が沈みがちになるという経験は皆さんもあるでしょうから、この実験結果は予想できるはずです。
この実験で本当に注目すべきは、パズルの成績に影響した可能性のある要素について尋ねたところ、「偶然耳にした(役者による)話しに触れた被験者は一人もいなかった」ということです。
意欲的な話しをしたグループ、そうではないグループ、双方ともです。被験者は気づかぬうちに影響を受けていたということになります。
この実験から、人間はいかに一緒にいる人の影響を良くも悪くも受けてしまうかがわかります。
さらには、女子プロテニス界におけるプレースタイルの変化を通して、自分が生き残るため、より良い立場を得るために、リーダー(ボス的存在)の言動を真似るのは社会的生物である人間の本能であると言えそうです。
人の上に立つ人は、よくよく自分の身を戒めたいものです。
(安東邦彦)