コンサルティング
企業にとって、「成長」は顧客や取引先、社員を守り続ける為の使命のようなものです。
しかし、環境変化や顧客ニーズの多様化が激しい現代で、
一言に「成長」と言っても簡単ではありません。
多くの市場では、似たような商品やサービスが溢れ、
顧客に自社を印象付けることも容易ではなくなっています。
黙っていても、モノやサービスが売れる時代は過ぎてしまいました。
継続的に顧客に選ばれ、成長するために、
企業には緻密に設計された成長の道筋が不可欠になっています。
その設計図こそいわゆる「成長戦略」です。
一般的に成長として最もイメージしやすいのが「規模の拡大」です。
そして、その方法として多く採用されるのが
商圏の拡大や支店の開設、店舗数の増加、海外への進出などです。
自社の影響力が高まっていることが実感しやすいのも「規模の拡大」の魅力でしょう。
しかし、だからといって「成長=拡大」という考えに必要以上にとらわれてしまうと、
会社にとって本当に必要なことに目が行かなくなってしまうかもしれません。
それは、時に自社の独自性を失わせてしまうことすらあるのです。
成長戦略に大切なのは、自社にあった成長の形を見極め、
独自性を高める方法を選択することにあるのではないでしょうか。
そのヒントが、あるフランスの村おこしにありました。
今回は、自社の独自性を活かす成長戦略について考えます。
■経営者の意識
まずは、世の経営者が考える今後の自社事業の方針について、確認してみましょう。
次の図は、日本政策金融公庫総合研究所が行なった
「経営者の事業方針に関するアンケート」からの抜粋です。
図によると、事業拡大と現状維持が全体としては拮抗しています。
そして経営者の年齢別に見てみると、
若手経営者のほうが事業拡大方針の志向が強いことがわかります。
血気盛んでまだまだこれからという若手経営者のほうが、
より拡大志向が強いのは、ある意味で納得の調査結果です。
ここで、注目していただきたいのが選択肢として上げられている項目です。
「拡大したい」はもとより、「現状維持」や「縮小したい」まで、0%はありません。
経営者が方針として選択するのには、必ず共通の理由があります。
それは「自社成長にとって良い影響を与える」ということ。
「拡大」であれば、冒頭でお伝えしたようにその理由は比較的わかりやすいです。
しかし、「現状維持」や「縮小」を選んだ企業もあります。
そこにはどのような成長への好影響があるのでしょうか。
■フランスの最も美しい村々
ここで、「現状維持」をすることで成長を実現した事例をご紹介します。
アメリカの出版社リーダーズ・ダイジェスト(Reader’s Digest)社から
1981年に発行された一冊の本を紹介します。
それは『フランスの最も美しい村々(Les plus beaux villages de France)』という本。
昔ながらの町並みが残るフランスの村々を、ふんだんな写真とともに紹介しています。
この本の出版をきっかけに、
フランスの田舎の村々がにわかに注目を浴びて、
住人が数百人しかいない村に70万人もの観光客が訪れるようになったそうです。
海外からわざわざ来る人も多くいます。
そこで、1982年にひとつの組織が設立されます。
その名も「フランスの最も美しい村々」協会です。
フランスの中央部コレーズ(Corrèze)県にある
コロンジュ・ラ・ルージュ(Collognes la Rouge)の当時の村長が
中心になって設立された組織で、
その目的は「観光振興による村おこし」にありました。
■「何もしない」という村おこし
「村おこし」と聞いて、どんな光景を思い浮かべるでしょうか?
地域の特産品を作る? モニュメントを作る?
ともかく、人をよそから呼び込むために何らかの積極的な行動をとるのが
村おこしの一般的なイメージです。
近年、日本で成功を収めている各種グルメグランプリなどはその典型と言えるでしょう。
さあ、それでは「フランスの最も美しい村々」協会は
村おこしのために何をしたのでしょうか。
実は、新しいことは何もしませんでした。
正確に言うと、村々の美しい景観を守るために、
「積極的に何かをすることを自粛した」のです。
協会が「村おこし」の手段として選んだのは、
むやみやたらな拡大路線ではなく、「自分たちの良さを守ること」でした。
■自社にとって本当に大切なものは何か
もう一つ、「縮小」によって成長を成し遂げた会社の事例も見てみましょう。
食品を扱うこの会社は、一度は全国展開をしましたが、
自社の商品の特性を考慮した結果、
最終的により狭い商圏でのビジネスに徹する決断をしました。
この決断が功を奏し、「ここでしか食べられない」希少性が売上向上に寄与しました。
一見すると規模を縮小したように見えますが、
結果的にはその決断が会社の成長に貢献したのです。
フランスの「最も美しい村々」協会とどこか似ていないでしょうか。
この会社も同じように、変えるべきではないものを見極めて、
自らが持つ良さを守ろうと決断をしたのです。
確かに、会社を成長させていくことは会社の宿命であり、
経営者の希望でもあるでしょう。
ただ、その手段として支店を増やしたり、事業を多角化したりすることだけが、
成長につながるとは限りません。
間違った成長戦略は、自社の独自性を損う原因になり得ます。
本当に自社に合った成長戦略は何なのか。
「拡大」「現状維持」「縮小」など複数の視点から検討してみることが大切ではないでしょうか。
(安東邦彦)