ブレインマークスという会社は、どのようにして生まれたのか。
代表・安東の経営者ヒストリーを通してお伝えしてきました。
役員として参画していたITベンチャーの倒産後、わずかな仲間とともに新たな起業に挑戦した安東。その船出は、はたして順調だったのでしょうか。
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以前の会社から付いてきてくれた仲間を中心に、4人のメンバーとともに設立した株式会社エフ・ビー・マネジメント(現:ブレインマークス)。当時の安東はまだ31歳で、「ギラギラした経営者」でした。
マネジメントスタイルはハードで、ときには周囲を怒鳴り散らすことも。
リーダー論を学ぶわけでもなく、「社長が必死で働けば、社員はついてくる」という思いだけを信じて、会社をパワーで人を引っ張る日々が続きます。
ベンチャーの強みは、何よりも行動が早いこと。若いメンバーでスピードが速いとなると、当然、仕事の品質は高くありません。しかし、それを補うスピード感がありました。
以前のIT企業のスピードと勢いを知るメンバーだけで起業したこともあり、他の会社の動きがとてもゆっくりとしているように見えたものでした。
新しい会社では、何をするか? 起業後の最初の会議で共有したのは「自分たちの強みは機動力と営業力である」ということでした。その価値を発揮するためビジネスを生み出すために、約3ヶ月の時間を使い、「営業コンサルティング会社」となる事を決意。様々なリサーチの末、2001年に行われる税理士法の改正にビジネスチャンスを見出しました。
「税理士法人制度の創設」
「業務報酬規定の会則からの削除」
「業務広告の原則自由化」
など2、1年ぶりの大改正でした。つまりこの改正は、今までは規制に守られ、「報酬(料金)」も「広告(営業)」も自由に行えなかった税理士業界に、自由競争の波が押し寄せる事を意味していました。この業界変化に「私たちの存在価値」を見出し、税理士事務所を中心とした「営業コンサルティング会社」として船出をしたのです。
実際にスタートすると、はり、税理士業界に「営業ノウハウに精通したコンサルタント」は存在しませんでした。(現在はたくさん存在しますが)その当時は、「税理士先生らしいく、売り込まないで顧問先を獲得する営業法!」といったテーマのセミナーを開くと、どんどん人が集まるようになりました。
まだ商品パッケージもほとんど固まっていませんでしたが、集客は面白いようにうまくいく。
「これは、いけるんじゃないか?」
創業間もない時期特有の勢いとともに、根拠のない自信が社内を包み込んでいました。
当時のオフィス写真