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今回のブログでは、チェックリストの利用について考察しました。チェックリストの存在は知られているものの、実際に活用している企業は限られている現状があります。チェックリストには多くのメリットがありますが、「形骸化」という特有の壁が有効な利用を妨げることがあります。この壁にも触れ、克服するための課題として取り上げました。
ブログの題材に『ハドソン川の奇跡』を選んだ理由として、世界的なヒット作であり、興味をもって読んでもらえるだろうという思いがありました。また、航空業界が豊富な経験を持っている点も重要です。航空業界はチェックリストの利用に対する意識のレベル、リストの精度が群を抜いています。しかも、日々チェックリストは更新され続けているという事実もあります。
チェックリストは有益なツールである前提ですが、単に使用するだけでは十分ではありません。有効な活用には特定の条件が必要です。今回は、これらの条件についてご紹介していきます。
映画『ハドソン川の奇跡』の一場面から話を始めましょう。航空業界が他を圧倒する長い歴史と高い精度でチェックリストを活用している理由を明らかにします。映画では、国家運輸安全委員会(NTSB)の公聴会でサリー機長が審問を受ける場面で、空軍パイロット時代の訓練中に機体に異常が発生し、冷静に対処して基地に戻る瞬間が描かれています。
このシーンが映画に組み込まれたのは、サリー機長の経験、冷静な判断力、優れた飛行技術を伝えるためと考えられます。映画の意図は成功していますが、注目すべきは、異常発生直後にサリー機長が後席のレーダー迎撃士官に放った一言、「チェックリスト」です。
進行するストーリーの中で見逃されがちなこの瞬間が、航空業界でのチェックリストの重要性を浮き彫りにしています。しかし、この短い言葉の真の意味を理解するには、サリー機長が「チェックリスト」と言葉を発した背景を知る必要があります。それを理解するために、もう少し歴史を振り返ってみましょう。
1935年10月30日、オハイオ州ライト飛行場には、マーチン社、ダグラス・エアクラフト社、そしてボーイング社製のモデル299、計3機の爆撃機が駐機していました。これらは米陸軍航空隊の当時の主力爆撃機B-10の次世代機の製造委託先決定のためのコンペに参加する飛行機で、中でも前評判が高かったのはボーイング社のモデル299でした。スピード、航続距離、爆弾積載量などの点で、米陸軍が要求する水準をはるかに上回って達成していたからです。しかし、コンペはほぼ形式的なものとされていました。
そして、コンペの開始。モデル299は離陸と同時に高度約90メートルまで上昇しましたが、失速。翼が上下に揺れ、コントロール不能となり墜落、爆発炎上しました。この惨劇の結果、米陸軍は次期爆撃機としてダグラス・エアクラフト社のDB-1を選定しました。
調査の結果、モデル299の事故原因は昇降舵と方向舵がロックされていたことであると判明しました。これは、離陸前の風などによる影響を抑えるための機能でしたが、皮肉なことにそれが事故の要因となりました。
事故当日、モデル299を操縦した経験豊かな操縦士は、最新鋭の爆撃機の複雑な操作に気を取られ、ロック機能を解除するのを忘れてしまいました。墜落を目撃しつつも、航空隊の関係者たちはモデル299の卓越性を信じ疑うことはありませんでした。陸軍上層部にそれを認めさせるために始めたのがチェックリストの開発です。複雑な操作をより安全に完遂することを目指しました。
ボーイング社のチェックリストが導入されて以来、モデル299は9,200時間のフライトで一度も大きな事故を経験していません。こうした背景があり、チェックリストは安全と自らの性能の保証として認識されていったのです。
しかし、航空業界全体では最初からチェックリストの活用に積極的ではなかったようです。例えば、1977年のカナリア諸島テネリフェ空港でのジャンボジェット衝突事故では、機長が機関士の手順違反の指摘を無視したことが原因でした。
現在のボーイング社では、年に100以上のチェックリストを作成し、現場でテストを繰り返して精度を高めているといいます。そうして出来上がるのが良いチェックリストであり、機能するチェックリストなのです。これが活用される第1の条件です。
第2の条件は、これらのチェックリストを実際に使わせることです。そのためにはパイロットをそのように訓練する、そしてパイロットにチェックリストの価値を認知させることです。もちろん、パイロットが受け入れるには、チェックリストが高品質であることが重要で、その品質保持が上記の努力です。
これら2つの条件を満たすことで、実際に使えるチェックリストが作られ、企業のリスクが減少し、組織力を高めるために知っておくべき事実ではないでしょうか。
(安東邦彦)